オワコンの70年談話

政治的妥協

70年談話は侵略を認めたくない安倍内閣とそれに反する内外の圧力との妥協的産物になりそうだ。政治は妥協とも言われるがそれは国内において政党間や利害関係者の駆け引きで使われるべき言葉で、この場合両者の上には国家があるのだから、その妥協を決めた第三の未知のものさしは国家にあるということで理解できる。しかし70年談話は国家の意思表明であって、外に対しても表明するものなのだから妥協という形式は適当でないし、それは国家の分裂を現したものになった。

反省

反省という言葉を使いそれを外に対してはremorseと訳して自責を示し内に対してはreflectionの意味として過去を顧みているに過ぎないとしているという話も聞かれる。しかし安倍氏の場合その反省の中身が何もない言葉だけの反省すぎず、反省などしていない。内閣発足から2年以上経つが言動の大きな変化はないし、反省している様子は見えない。

一般に認識の段階は存在から始まり、反省、根拠、主観化、客観化、理念化と進むものだが、安倍内閣の場合上述のように反省もしていないので、過去のことに対して問題が存在するという認識しか持っていない。外に対して発表するものなら理念として出すものだがそれがまったくできていないと言っていい。

アメリカ合衆国

合衆国はアジア太平洋地域をもはや理念的段階の問題というより、それを捨て去って経済的覇権確立の領域としてみており、日本が入るTPPは政治的理念なく各国の競争という側面だけになり企業だけが利潤を追求し、日本の衰退を早める危険がある。オバマは国内に対してはネオリベ的政策を嫌い、NAFTAに対しても不賛同を示していたが、アジア太平洋はもはや彼の理念を追求できる領域ではなく経済と軍事だけの領域になっている。

AIIB

このようなアメリカの見方、それはIMFにも受け継がれ、それが中国にとっても付け入る隙を与えている。AIIBの未来は不確定だが可能性としては充分にある。アベノミクスに対しても充分な反省が行われないまま政府は国民実感と違う「景気回復」を宣言しているような欺瞞を続けているとTPPでもし国がおかしくなってもその認識に時間がかかり気づいたときには逆転不能な状態まで陥りアジアで唯一の衰退国になりかねない。安部内閣は反省というのなら国民が納得できる反省を示すべきだ。

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